リスニング・エフォート
「音をきくと疲れる」と言われて,みなさんはどんなことを思い浮かべますか。われわれが音をきいてその意味を理解するためには非常に複雑なメカニズムが働いています。そのため,音がきこえづらい状況では,このメカニズムを動かすために,私たちは想像以上に多くのエネルギーを使っています。その結果として生じる負担や疲れについて,近年注目されている考え方があります。
このページでは,「リスニング・エフォート」と呼ばれる考え方について,その定義などを中心に解説します。リスニング・エフォートに関しては,このページ以外にも,リスニング・エフォートの重要性,リスニング・エフォートの評価法(専門家向け),リスニング・エフォートを支援するでもそれぞれ解説していますので,そちらもご覧ください。
リスニング・エフォートとは
リスニング・エフォートという言葉をきいたことがありますか?近年,海外を中心に関心が高まりつつある考え方であり,聴覚障害のある方の外見から捉えづらい負担や疲れにも関係してきます。リスニング・エフォートとは「聴覚情報を理解する際,妨害要因を乗り越えるために,意図的に心的リソースを配分すること(Pichora-Fuller et al., 2016)」と定義されます。すなわち,きき取りが難しい状況において「がんばってきく」ことを意味します。
私達は無意識のうちに,ききたい音に焦点を当てたり,きき取れなかった内容を推測したりするなど,「頭をフル回転」させながら音をきいています。つまり,音は「耳」だけではなく「脳」でもきいているのです(田原ら,2021)。英語のリスニングテストの際に,より話に集中して頭を使いながらきいている状況がイメージしてもらえればと思います。リスニング・エフォートはこうした脳の働きを総動員してきこうとする時に高まります。聴覚障害のある方においては,その障害のために耳から入力される情報が不明瞭になります。その分,より頭をフル回転させながら,がんばって音をきく必要があり,エフォートが常に高い状態にあります。さらに,その状態に関して無自覚であることも少なくありません。

私たちが「きこえの問題」について考えるとき,たいていは「きき取れるのか/きき取れないのか」に注目しがちです。リスニング・エフォートはこの見方に対して,「きき取れているけど,実はとても大変なのでは?」という新しい視点を投げかける考え方です。実際に,同じ程度のきき取り成績を示すAさんとBさんがいても,2人がその成績を収めるために要したエフォートが異なるとされています(Koelewijn et al., 2018)。リスニング・エフォートの視点から聴覚障害のある方へのサポートを考えることで,これまでは見落とされていたような問題にも新たにアプローチできる可能性を秘めています。
リスニング・エフォートに影響を及ぼす要因
興味深いことに,同じ聞き取り環境でも人によってリスニング・エフォートが変わることがわかっています。1つ目が個人の要因です。たとえば,聴覚障害の程度や言語理解の力などが関係します。2つ目が環境要因で,話をきいている最中の雑音の大きさや,話の内容が難しさなどが挙げられます。これらはきこえづらさに関係する要因ですが,もうひとつ,とてもユニークな要因として「モチベーション(やる気)」があります。「話をききたい」という思いや,「きかなければならない」という状況で高まる動機のことです。これらの3つの要因を整理したものが,下の三角形の図になります。


もう1つの図はこれらの関係性をグラデーションで表したものです。ここでは,緑が濃くなれば濃くなるほどエフォートが高いことを意味しています。横軸は「きき取りづらさ(個人+環境)」,縦軸は「モチベーション(やる気)」を表しています。きき取りづらい状況で一生懸命きこうとする場合,当然ですがエフォートは高くなります。一方で「きき取りづらいので,真剣に話をきかなくても良いかな」といったようにモチベーションが低いとエフォートはそんなに高まりません。反対にかなりきき取りやすい状況でも,「この情報は絶対大事だから聞き逃せない」といった状況では,エフォートは高まっていきます。このようにただの聞き取りづらさだけではなくて,自分の意思である程度コントロールできるもの,それがリスニング・エフォートの大きな特徴です。この特徴が支援を行う際の重要なポイントにもなります(リスニングエフォートの支援・付き合い方はこちら)。
リスニング・エフォートに類似した考え
リスニング・エフォートが高い状況では,頭をフル回転させています。そういった状況が続くと,疲れが溜まっていきます。このように,リスニング・エフォートが高い状態を維持した結果生じた疲労のことを,「リスニング・ファティーグ」といいます。先述の例のように,英語のリスニングテストが終わったときの疲労感のことを想像するとイメージしやすいかと思います。
疲れがたまっていく様子を「バッテリー(電池)」にたとえた「リスニング・バッテリー」という考え方もあります。電波が悪い状況では,電波を積極的に探すために,スマートフォンの充電の減りが早くなります。ヒトの頭の容量もバッテリーに例えることができ,エフォートが高い状況では,エネルギーを多く消費するのでバッテリーがどんどん減っていくという考え方です。 これらはリスニング・エフォートとよく似ていますが,エフォートは「話をきいているとき」に生じるものです。一方で,ファティーグやバッテリーは,その結果として生じる「疲れ」や「エネルギーの消耗」を指します。リスニング・エフォートに関連する問題を考慮したり,支援を行ったりする際には,これらのファティーグやバッテリーのこともあわせて考える必要があります。この点は,「リスニング・エフォートの重要性」のページでより詳しく解説します。
〈引用〉
- Koelewijn, T., Zekveld, A. A., Lunner, T., & Kramer, S. E. (2018). The effect of reward on listening effort as reflected by the pupil dilation response. Hearing research, 367, 106-112.
- Pichora-Fuller, M. K., Kramer, S. E., Eckert, M. A., Edwards, B., Hornsby, B. W., Humes, L. E., …& Wingfield, A. (2016). Hearing impairment and cognitive energy: The framework for understanding effortful listening (FUEL). Ear and hearing, 37, 5-27.
- 田原敬, 久保愛恵, 勝二博亮. (2021). 雑音下聴取に関する神経生理学的アプローチ. 臨床神経生理学, 49(4), 179-183.
